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僕の"人間"アカデミア -鈴木啓太

皆さんこんばんは。

早寝早起き鈴木です。

何かテンポがいい感じがする。早寝早起き鈴木。

さて、鈴木の最後のブログはタスキ戦の前日ということで…

荷が重いな?

ただ、明日は絶対に勝つわけで…

そうなると早川には入替前に書いてもらうから…

結局このポジションは誰か1人必要なわけで…

広報班長の私が、満を持して書かせていただきます。

ただ、ここで1つ。

何書くべきなのよ?????????というね。

 「4年間の思い出?」

 「半年前の“あの件”について?」

 「タスキへの意気込み?」

 「後輩へのくだらないアドバイス?」

(正直、卒論のテーマ決めより難しい。)

と、インカレ帰りの新幹線の中で1時間弱考えた結果、鈴木の最終ブログは以下の構成にて失礼することとします。

 Ⅰ:幹部である自分について

 Ⅱ:明日のタスキ戦について

 (Ⅲ:広報班について)

 (Ⅳ:筋トレについて;“最凶”の自己満ブログ)

こういうときって大体、

 「時間のある人だけぜひ!」

 「気が向いたら読んでください!」

みたいな謙遜の句をみんな述べていて、もっと積極的に「ぜひ読んでください!」とかにすればいいのにとかずっと思っていたけど、いざ自分が書くとやっぱり「駄文失礼します…」ってなっちゃう現象に名前を付けたい。わかる人いるよね?????

※ⅢとⅣに関しては、タスキ戦に向けては全く関係のない内容になっているので、後日しれっと載せようと思います。本当に時間のある人だけどうぞ。

それではいきます。

Ⅰ:幹部である自分について

初めに。

この章の内容をタスキ戦の直前に公開することが果たして正解なのか、書くべきか迷ったけれど、引退までにはどこかで書きたいと思っていたので、この場を借りて書くことにしました。タスキ前日にお前のことなんかと思うかもしれないですが、何卒。。。

あと、1、2年生の多くは“あの件”について知らないと思うので、引退前にぜひ知っておいてもらえればと。

昨年のちょうど今くらいの時期だったか。

代が変わって、自分は副将になった。

Zoom開催の学年ミーテで静寂の中、一番に立候補したのを覚えている。

1年生の時から練習中に大きな声も出し続けていたし、当時の1年生の仕事(当時は練習30分前から土のグラウンドに毎練習白線引いたり、アズに行く前にボールの土を洗い流したりと色々あったなぁ。)は進んでやったし、初めての同期旅行の幹事もやったし、2年生の時はスリーチアーズもやったことあったし、学年ミーテの司会をしたこともある。

(その分、遅刻以外いろいろやらかしていたことはここでは言及しない。)

そんな感じで、それまで3年間は部活の活動に積極的に取り組んだ自負と同期の中心にいる自負はあった。

あの日までは。

3/28。

遅刻をした。

前日夜のバイトの後に目覚ましをかけずに寝落ちしていた。

グラウンドに到着した時の雰囲気は案の定最悪だった。自分のそれまでの人生の中で最もだということは断言できるほどに。

それはそうだ。幹部がペナルティなど言語道断。果たして過去にあったのだろうか。

その日は部員全員が自分から目を逸らし、近づくことなく、自分が発した言葉は早川への

 「申し訳ない」

の一言。ただそれだけ。

文字通り、自分が“空気”になったような感覚がした。今でもその感覚は鮮明に覚えている。

ここで、当時の自分の話を少しだけ。

当時の自分はやっと“幹部”としての役割を自分自身で認識できていたところだった。

というのも、いざ代が変わって幹部ラインが動くとそのほとんどが練習メニューと戦術の立案であり、自分以外の3人が主導し、たまに自分も意見をちょっとという形になった。

こんな感じで、幹部就任当初は、

 「幹部を3人から4人に変更する必要はあったのか?俺は幹部に必要なのか?」

と、自分自身で“幹部”としての存在意義を見失っていたのだ。

そこからオフを挟んで何とか試行錯誤し、3月には、これまで積み上げてきた信頼をもとに(あったかどうかは異論認めます。)、

 ・練習中のチーム全体の雰囲気づくり

 ・広報班長としての活動

 ・ガクシカとの折衝

を主な自分の役割として、自分の幹部としての存在意義を見出していたところだった。

そんな時期に遅刻をした。(たまたま時期が重なって3日後にグラウンドの管理ミスも発覚して全員に直接的な迷惑もかけてしまった。)

みんなも覚えているかもしれないが、あの時早川に言われた

 「正直、幹部として部活に対する意識が低すぎる」

という言葉は、当時の自分にはクリティカルヒットした。

ただ後でも述べるが、あの時の厳しい態度には本当に感謝している。

とはいえ、メンタルが弱いからメントレ!という理由でメントレ班(現:広報班)に半ば強引に参加した自分が、“幹部”として立て続けにミスをして正常な精神状態でいられるはずもない。1週間くらいは就活も手につかなかったのを覚えている。(というか、カレンダー見れば、本選考前の説明会を3つもブッチしたことくらいすぐわかる。)

その日、幹部をやめようと思った。本当に。

一度の遅刻によってそれまで積み上げてきたものが一気に崩れ落ちたのをはっきりと認識し、そこに自分の居場所がないと感じたからだ。

あと、他の3人(特に早川)は部活以外の時間、メチャクチャ部活のために時間を使っていた。しかも就活をしながら。みんな知らないのは当たり前だけど、早川は思った以上にやばい。もちろん他の2人も。自分も時間を使っていたつもりだったけれど、いざ早川にドストレートパンチをぶち込まれて、彼らとのギャップも色濃く自分の頭の中に浮かび上がっていた。

これら、「信頼の瓦解」と「ギャップの再認識」は自分の居場所を見失うには十分すぎた。

その日の夜、幹部ラインに「幹部をやめたい」という内容の長文を打っていた。7割くらいは書き終えていただろうか。

千から個人的に長文でラインが来た。

ここで詳細は書かないが、要するに

 ・これまでの貢献は間違いない

 ・ここから頑張るしかない。

という内容だった。

救われた。

情けない話だが泣きながら幹部ラインに7割書いていた長文を一文字ずつゆっくりと消した。

後でも述べるがこの「早川の厳しさ」「千の優しさ」が、自分を人間として成長させてくれる大きな要素だった。(舜平は最もいつも通り接してくれてありがとう!!!!)

翌日から、幹部の3人をはじめ、部員のみんなはいつも通り接してくれ(ようとしてい)た。

本当にありがとう。感謝している。みんなにも。ホッケー部にも。

自分はというと、すぐに切り替えようとはしたものの特に春シーズン中は心の中で引け目を感じ続けていたのはなんとなくみんなもお察しの通りだ。

そんな感じで夏オフを経て、今回の件について自分の中では完全に切り替えられた。

(同期旅行もメチャクチャ楽しかったし。)

秋シーズンは、練習中、練習外、試合中で、自分の役割を全うしているつもりだ。

(OBの先輩や同期から遅刻について言及されることはしばしば。その度に当時の感覚は思い出す。決して忘れはしないだろう。)

ここまで長々と書いてきたが、今回の件は要約すると、

 『責任ある立場の人間が、1回の遅刻で、それまでに積み上げた信頼を失ったが、周りの厳しさと優しさで、自分を一から見直し、人間として成長できた。』

という話だ。

そして、ここでいう「人間としての成長」とはどういうことか。

それは

 

 「自分の私生活や考えを根本から見直し、一人前の人間として自分を律しながら生活を営むことができるようになった」

ということだ。

「早川の厳しさ」によって自分のこれまでの生活や考え(正直、浪人したこと以外は順風満帆で、自分なら何とかなるだろうと社会をなめくさっていました)をゼロから考え直して新たな鈴木を確立し、「千の優しさ」によって新たな鈴木として幹部でいられる機会を得た。そして、部員のみんなが受け入れてくれたことで、今ここに副将としての自分でいられている。

くどいようだが、本当に本当に本当にみんなのおかげ。心からそう思っている。

あんな一件をまるで美談のように語ってしまったがゆえに気分を害してしまう人がいることを承知で言うが、俺のホッケー部での4年間は、この遅刻の一件によってより意味のある4年間になったと強く思う。

これほどまでに自分にとって恵まれた環境はどこを探しても他になかっただろう。

この一橋大学フィールドホッケー部のおかげで一人前の人間の仲間入りができた気がする。

そう。

紛れもなく、ここが

【僕の“ヒューマン”アカデミア】

だ。

Ⅱ:明日のタスキ戦について

自分を成長させてくれたホッケー部。最後に恩返しがしたい。

1部昇格という結果をもってして。

そのためには何としても明日、学習院に勝たなければならない。

「学習院強いし、勝てるかな…」

今の一橋に、こんな雰囲気は微塵もない。少なくとも俺には。多分みんなもそうなんじゃないのかな?と思う。

これは“驕り”でもなんでもなく、これまでの“努力”とそれに伴う“自信”だ。

やろうと思えばなんだってできる大学生活で週5回、1日3時間以上も練習しているチームはそうめったにない。

(詳細は水谷のブログ参照)

そしてつい先日のインカレで、緊迫した試合を制して勝つ瞬間の高揚感を味わい、俺たちなら強い相手にも勝てるという自信を取り戻した。

(詳細は千のブログ参照)

あと、プレーヤーはもちろんのこと、試合後にマネージャーのみんなが喜んでいた姿がとても印象的だった。その姿を見てもっと嬉しくなった。

だから、今度はあの高揚感を全員で味わいたい。

絶対に負けたくない。

2年秋に良い所取りで自分の手で決めた1部昇格。

そして、4年春に自分の力不足で決まってしまった2部降格。

最後の秋、全員でもう1度1部の舞台へ。

今の一橋を止められるチームはもう2部にはいない。

まずは明日。絶対に勝とう。全員で。

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